第9回:メンバーシップ型雇用がスキル投資を殺す

日本型雇用の本質 — 「人に仕事をつける」構造

メンバーシップ型とジョブ型、何が違うのか

日本企業の雇用慣行は「メンバーシップ型」と呼ばれます。まず人を採用し、その後に会社が仕事を割り当てる方式です。評価の軸は「スキル」ではなく「所属」。うちの会社の一員であること自体が、処遇の基盤になっています。

対照的なのが「ジョブ型」。こちらは、まず仕事を定義し、そのスキルを持つ人を配置する方式です。評価の軸は「スキル」そのもの。

メンバーシップ型は「うちの会社の一員になってください」。ジョブ型は「この仕事ができる人を探しています」。入口がまったく違います。

ただし、ここで「ジョブ型に切り替えればすべて解決する」と言いたいのではありません。ジョブ型にはジョブ型の難しさがあります。問題はメンバーシップ型そのものではなく、メンバーシップ型の中でスキル投資が構造的に報われにくい仕組みが放置されていることです。

なぜメンバーシップ型ではスキル投資が進みにくいのか

メンバーシップ型の構造には、スキル投資を阻む3つの壁があります。

まず、社員の側。「会社が用意する仕事をこなす」のが前提なので、自ら新しいスキルを学ぶインセンティブが弱い。会社が「次はこの仕事をやれ」と言えば、それに従う。自分から「こんなスキルを身につけたい」と動く文化が育ちにくい。

次に、会社の側。「この人にはこの仕事」を割り当てる前提なので、新しいスキルを学ばせる必然性を感じにくい。今の仕事を今の人が回してくれればいい。わざわざ学び直しをさせる理由がない。

そして最も根深いのが、報酬の構造。スキルが上がっても、給与は等級と年次で決まる。新しい資格を取っても、高度な技術を習得しても、給与テーブル上の位置はほとんど変わらない。

学んでも報われないと感じれば、学習意欲は下がる。これは多くの現場で共通して見られる傾向です。

「新卒優位」の慣行が映す根深い問題

昇進・昇格で新卒が優遇される現実

この構造を端的に示すデータがあります。

マイナビの2024年版調査で「昇進・昇格スピードの優位性」について企業に聞いたところ、「新卒優位」と答えた企業が38.8%。対する「中途優位」は11.6%。3倍以上の開きがあります。

新卒優位の理由として自由回答で多く見られたのが、「慣習」「慣例」という言葉。つまり、明確な根拠があって新卒を優遇しているのではなく、「昔からそうだから」という理由で続いている。

中途で即戦力を採用しても、新卒から在籍している社員の方が先に課長になる。そんな話があなたの会社にもありませんか? この慣行がある限り、中途採用者は「ここで頑張っても報われない」と感じます。

スキルで入社した人が、年次で評価される矛盾

ここに、もうひとつの矛盾が重なります。

中途採用のときは「この仕事ができるから」というジョブ型の発想で人を採っている。スキルと経験を評価して、高い年収を提示して入社してもらう。

しかし入社した瞬間から、メンバーシップ型の評価体系に放り込まれる。等級は年次ベース。昇格は慣習ベース。スキルを買って採用したのに、スキルでは評価しない。

第4回で見た「やっぱり離職」の要因2位は「社風・仕事文化とのミスマッチ」18.7%でした。この「文化のミスマッチ」の正体のひとつが、まさにこの矛盾です。

リスキリングとメンバーシップ型の構造的矛盾

学んでも報われない構造の中で、誰が学ぶのか

リスキリングで新しいスキルを身につけても、給与テーブルが変わらなければ、モチベーションは続きません。

帝国データバンクの2024年調査でも、リスキリングに取り組んでいる企業の中で「従業員のモチベーションの維持が難しい」が42.0%でトップの課題に挙がっています。

社員の立場で考えてみましょう。休日を使ってAIの勉強をした。月曜日、出社しても給与は同じ。隣の席で勉強していない同僚と等級も変わらない。

それなら勉強しない方が合理的——そう結論づけるのは、むしろ冷静な判断です。

終身雇用は崩れたのに、人事制度だけが残っている

もう少し広い視野で見てみましょう。

2023年、転職希望者の数は1,000万人を超え、過去最多を記録しました。終身雇用の前提は、働く側からは明らかに崩れつつあります。「一社で一生」ではなく「スキルを磨いて市場価値を上げる」というキャリア観が広がっている。

しかし、会社側の人事制度は「ずっとうちにいる前提」のまま。等級制度は在籍年数ベース。年次管理が残る。新卒が優遇される。

働く側は「一社にとどまる前提」を捨てているのに、会社側の制度は「ずっといてくれる前提」で設計されている。この非対称が、あらゆるところでひずみを生んでいるのです。

【経験談挿入ポイント】雇用慣行と実態のズレを感じた場面

制度を変えるのは、人事部ではなく経営者の仕事

人事制度はそのままに、リスキリングだけ導入しても機能しない。ここまでの議論で、それは明らかだと思います。

「スキルを身につけた人が報われる」制度に変えるには、等級制度・評価制度・報酬制度を連動させて見直す必要があります。

これは人事部門だけでは決められない。「うちの会社はスキルで人を評価する」と宣言し、制度を変える覚悟を持てるのは、経営者だけです。

雇用の仕組みそのものに手を入れる覚悟

メンバーシップ型雇用の中にリスキリングを押し込もうとしても、構造的に噛み合わない。スキルで人を評価し、スキルに投資し、スキルで報いる。この当たり前の循環を回すには、雇用の仕組みそのものに手を入れる必要があります。

ここまでの3回で、リスキリングが進まない理由を表層から深層まで掘り下げてきました。第II部と第III部を通じて見えてきたのは、DX・AI化が進む領域でのスキルミスマッチと、それが固定化されるメカニズムです。

しかし、第1回で触れた通り、これとは異なる構造で人が足りない領域があります。建設、介護、物流、飲食——これらの業界では、スキルミスマッチとはまた違う理由で人が集まらない。

次回はそちらに目を向けます。「体力勝負だから人が来ない」——本当にそれだけが理由なのでしょうか。

あなたの会社の人事制度を、「スキルで報いる」視点で見直してみてください。

よくある質問

Q. メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用の違いは何ですか?

メンバーシップ型は人を採用してから会社が仕事を割り当てる方式で、「所属」が評価の軸になります。ジョブ型は仕事を定義してからそのスキルを持つ人を配置する方式で、「スキル」が評価の軸です。日本企業の多くはメンバーシップ型を基盤としています。

Q. なぜメンバーシップ型雇用ではリスキリングが進みにくいのですか?

3つの構造的な理由があります。社員は会社が用意する仕事を受け入れる前提なので自ら学ぶインセンティブが弱いこと、会社側も新しいスキルを学ばせる必然性を感じにくいこと、そしてスキルが上がっても給与は等級と年次で決まるため学んでも報われない構造があることです。

Q. 中途採用者の昇進で新卒社員が優遇されるのは本当ですか?

マイナビの2024年版調査によると、昇進・昇格スピードの優位性について「新卒優位」と答えた企業は38.8%、「中途優位」は11.6%でした。理由として「慣習」「慣例」という言葉が多く見られ、スキルではなく入社経路が評価に影響している実態があります。

Q. リスキリングを成功させるには人事制度の変更が必要ですか?

必要です。リスキリングの取り組み企業でも「従業員のモチベーション維持が難しい」が42.0%でトップの課題となっています。スキルを身につけても評価や報酬に反映されない構造がある限り、社員の学ぶ意欲は続きません。等級制度・評価制度・報酬制度を連動させて見直す経営判断が求められます。