2つの構造的問題を整理する
この連載で明らかになったこと
まず、11回にわたって検証してきた問題の全体像を整理させてください。
問題A:スキルミスマッチ(第2回〜第9回)。 DX・AI化が進む領域で、企業が求めるスキルと働き手が持つスキルの乖離が拡大しています。報酬を上げても解決しない(第4回)。リスキリングは構造的に進まない(第7回〜第9回)。ホワイトカラーでは思考・判断人材が足りず(第5回)、ブルーカラーでは経験知を持つ人材が足りない(第6回)。
問題B:人の介在が不可欠な領域の不足(第10回〜第11回)。 建設・介護・物流・飲食では、ホスピタリティとパフォーマンスの掛け合わせが生む精神的満足が、サービスの核になっています。しかしこの価値が認識されず、評価にも報酬にも反映されていない。
この2つの問題に対する処方箋を、本回と次回で提示します。
どちらの問題も「採用を強化する」では解決しない
問題Aは、スキルを持つ人が市場にいないから、募集を増やしても空振りに終わる。問題Bは、仕事の価値が正しく伝わっていないから、求人を出しても響かない。
採用は問題解決の手段のひとつではありますが、唯一の手段ではありません。あなたの会社の仕事の設計そのものを見直す方が、実は近道です。
処方箋① 業務の再構成 — 仕事を分解して、人に求めるスキルを現実的にする
1人に「何でもできること」を求めるのをやめる
多くの企業の求人票を見ると、ひとりの人間に驚くほど多くの条件を求めています。「コミュニケーション力がありExcelが得意で、データ分析もできて英語もできる人」。
この「スーパーマン求人」の応募が集まらない主要な原因のひとつです。
あなたの会社の求人票を見返してみてください。1人に求めている条件をすべて満たす人は、日本に何人いるでしょうか。おそらく、あなた自身ですらその条件を全部は満たしていないはずです。
仕事を「思考・判断業務」と「作業業務」に分解する
第5回・第6回で見てきた通り、DX・AI・RPAが引き受けられる「作業」と、人にしかできない「思考・判断」があります。
まずはこの2つを切り分ける。作業はテクノロジーに渡す。思考・判断業務に集中する人材を採る。
この分解によって、1人に求めるスキルセットが「狭く深く」なります。結果として、採用要件が現実的になり、マッチする人が見つかりやすくなる。
分解の具体的な進め方
やり方はシンプルです。4つのステップで進めます。
ステップ1: 社内の主要ポジションを書き出す。
ステップ2: 各ポジションの業務を「作業(定型・繰り返し)」と「思考・判断(非定型・状況依存)」に分類する。
ステップ3: 「作業」のうち、テクノロジーに渡せるものを特定する。
ステップ4: 残った「思考・判断」業務に必要なスキルを再定義する。これが、新しい求人要件になります。
このステップを踏むだけで、求人票に書くべき内容が変わります。「何でもできる人」を探す求人から、「この判断ができる人」を探す求人へ。
【経験談挿入ポイント】業務分解を実施した具体例
処方箋② リスキリング投資の再設計 — 全員一律をやめ、戦略ポジションに集中する
「全社員にeラーニング」は効果が薄い
第7回で見た通り、リスキリングの課題1位は「対応する時間が確保できない」42.1%でした(帝国データバンク 2024年調査)。全社員に一律で研修を課せば、現場の負荷が増えるだけ。「忙しいのに研修まで?」という不満が広がり、形だけの受講で終わる。
第8回で見た通り、「育てても辞める」恐怖がある中で全方位に投資するのは、経営判断として合理的ではありません。
投資対象を「事業戦略上の重要ポジション」に絞る
処方箋①で分解した「思考・判断業務」のうち、事業の成長に最も直結するポジションを3つから5つ特定してください。
そのポジションに必要なスキルを定義し、そこに集中的にリスキリング投資を行う。10人に50万円ずつ使うのではなく、3人に150万円ずつ使う。どちらが事業を動かすかは明白です。
スキル習得と社内キャリアパスを連動させる
第9回で指摘した通り、「学んでも報われない」構造がある限り、社員のモチベーションは続きません。
特定のスキルを習得した人が、明確に次のポジション・報酬レベルに進める道筋を設計する。「辞められるリスク」をゼロにするのではなく、「ここにいれば成長できる」と社員に実感させることで、転職のインセンティブを下げる。
投資は「スキルを上げる施策」であると同時に、「人材を引き留める施策」でもある。この両面を設計に組み込むことが大切です。
処方箋③ スキルポートフォリオの可視化と運用 — 「何を社内に持ち、何を外から調達するか」を決める
スキルポートフォリオとは何か
スキルポートフォリオ(自社に必要な能力の棚卸し表)とは、自社の事業運営に必要なスキルを一覧化し、それぞれについて「社内に保有しているか」「不足しているか」「どう調達するか(育成・採用・外部委託)」を整理したものです。
家計簿をつけるように、スキルの収支を見える化する。足りないスキルに気づかないまま経営するのは、売上を把握せずに商売をするのと同じです。
全員を正社員で抱える前提を見直す
スキルポートフォリオを整理すると、「常時必要なスキル」と「プロジェクト単位で必要なスキル」が分かれてきます。
後者について、すべてを正社員で賄う必要はありません。フリーランス、副業人材、あるいはフラクショナル人材(専門家を必要な期間だけ起用する方式)で調達する選択肢があります。社内にないスキルセットを、チーム単位で外部に委ねる方法もある。
すべての料理を自社の厨房で作る必要はありません。メインディッシュは自社で仕込む。デザートは専門店から仕入れる。その使い分けを考えるのが、経営者の仕事です。
ポートフォリオは「一度作って終わり」ではない
事業環境が変われば、必要なスキルも変わります。半年から1年ごとにスキルポートフォリオを見直し、「保有」「不足」「調達方法」を更新するサイクルを回してください。
このサイクルを回すこと自体が、あなたの事業戦略の解像度を上げてくれるはずです。「うちの会社に今何が足りていて、何が足りないのか」。この問いに常に答えられる状態が、スキルミスマッチの時代の経営の基盤になります。
仕組みの設計図はできた。しかし、もうひとつ問題がある
業務を分解し、人に求めるスキルを現実的にする。投資を戦略ポジションに集中させる。そして社内で持つスキルと外から調達するスキルを使い分ける。
この3つが、スキルミスマッチの時代に経営者が打つべき手です。
しかしここで、ひとつ見落としてはならない問題があります。
業務を分解し、専門人材を配置するほど、組織は縦割りになります。各部門が自分の領域で正しいことを言う。しかし、全体を束ねる人がいない。会議は増えたのに、意思決定は遅くなった——。
最終回では、この問題への処方箋を提示します。あなたの会社の「仕組み」を動かすのは、最終的には「人」です。その人材をどう育てるか。連載の締めくくりにふさわしいテーマです。
まずはあなたの会社のスキルポートフォリオの棚卸しから始めてみてください。
よくある質問
Q. スキルポートフォリオとは何ですか?
自社の事業運営に必要なスキルを一覧化し、それぞれについて「社内に保有しているか」「不足しているか」「どう調達するか(育成・採用・外部委託)」を整理したものです。スキルの収支を見える化することで、的外れな採用投資を防ぎ、必要なスキルを効率的に確保できるようになります。
Q. 「スーパーマン求人」はなぜうまくいかないのですか?
1人に「コミュニケーション力・Excel・データ分析・英語力」のように多くのスキルを同時に求める求人は、条件を満たす人材がほとんど存在しないため応募が集まりません。業務を「思考・判断業務」と「作業業務」に分解し、1人に求めるスキルを狭く深くすることで、採用要件が現実的になりマッチング率が上がります。
Q. リスキリング投資は全社員に行うべきですか?
全社員一律のeラーニングは効果が薄い傾向があります。事業戦略上の重要ポジションを3〜5つ特定し、そこに集中投資する方が成果につながります。10人に50万円ずつよりも、3人に150万円ずつの方が事業を動かすインパクトが大きくなります。
Q. フラクショナル人材とは何ですか?
専門家を必要な期間だけ起用する方式のことです。フリーランスや副業人材も含め、常時必要ではないがプロジェクト単位で必要なスキルを外部から調達する選択肢です。スキルポートフォリオを整理することで「常時必要なスキル」と「外部調達すべきスキル」の切り分けが明確になります。
Q. スキルポートフォリオはどのくらいの頻度で見直すべきですか?
半年〜1年ごとの見直しが推奨されます。事業環境の変化に応じて必要なスキルも変わるため、「保有」「不足」「調達方法」を定期的に更新するPDCAを回すことが大切です。この見直しプロセス自体が、経営者の事業戦略の解像度を高める効果もあります。
著者プロフィール
町島 和徳(ギャラクティックブレーン合同会社 代表社員)
電気通信大学在学中からコンテンツ制作の現場でキャリアをスタート。エンタメ業界での経営実務を経て、現在はコンサルタント兼フルスタックエンジニアとして活躍。経営・マーケティング・技術の複眼的視点と、部門や階層を超えたファシリテーション力を強みに、スタートアップから大手企業まで幅広いDX支援を手がける。生成AI・RPAの実務活用を精力的に展開。成功・失敗双方の実践知を惜しまず発信する現場主義のプロフェッショナル。