第13回:縦割りを突破する「横断人材」のエリート育成戦略

「狭く深く」が生む新たな壁

専門特化の副作用としての縦割り

前回、「1人に求めるスキルを狭く深くする」という処方箋を提示しました。業務を分解し、各ポジションの専門性を明確にする。これは正しい方向です。

しかし、副作用があります。各ポジションの専門性が高まるほど、部門間の「共通言語」が失われていくのです。

IT部門は技術の言葉で話す。営業部門は顧客の言葉で話す。製造部門は現場の言葉で話す。全員が正しいことを言っているのに、話が噛み合わない。

そんな会議に覚えはありませんか?

縦割りの本質は「翻訳者の不在」

各部門の専門家は、自分の領域では的確な判断ができます。

問題は、「部門Aの論理」と「部門Bの論理」が衝突したときに起きます。どちらの主張にも合理性がある。しかし両方を同時には実現できない。

このとき、どちらを優先すべきかを考え抜き、双方が納得できる結論を導き、関係者を巻き込んで実行に移す——。この役割を担える人がいないのが、縦割りの本質です。

専門家は「深く掘る人」。しかし組織には「横に繋ぐ人」も必要です。この「横に繋ぐ人」を、ここでは「横断人材」と呼びます。

横断人材とは何か — 「何でもできる人」ではない

横断人材に求められる能力の定義

誤解されやすいので、先に明確にしておきます。

横断人材は「何でもできる器用な人」ではありません。各専門領域の深い知識を持つ必要もありません。

横断人材に求められるのは、各専門領域の「文脈」を理解する力です。技術部門がなぜそう主張するのか、営業部門が何を大事にしているのか、製造部門がどんな制約の中で動いているのか。その「なぜ」を理解できる力。

そして、それぞれの論理を翻訳し、統合し、全体として最善の結論を導き出せる力。不確実な状況でも考え抜いた上で優先順位を決め、関係者を巻き込んで実行に移す推進力。

それぞれの専門家が何を大事にしていて、何に制約を感じているかを理解した上で、全体を動かせる人。これが横断人材です。

これは連載全体の仮説の「最上位」に位置する能力

この連載では、さまざまな「人にしかできない仕事」を見てきました。

第5回では、ホワイトカラーに求められる「思考・判断力」。第6回では、ブルーカラーに求められる「経験知」。第11回では、サービスに求められる「ホスピタリティとパフォーマンスの掛け合わせ」。

横断人材は、これらすべてを俯瞰し、統合する役割を担います。産業の高度化が求める思考・判断業務の中で、最も高度な位置にある仕事です。

なぜ市場から調達できないのか

横断人材が必要なのはわかった。では、外から採ればいい——そう考えるかもしれません。

しかし、横断的に組織を動かす力は「自社の事業文脈」に深く依存しています。

どの部門が何を優先するか。どの顧客が何を求めるか。自社の強みはどこで、弱みはどこか。社内の力関係はどうなっているか。過去にどんな意思決定をしてきたか。

この文脈は、社外から持ち込むことができません。

他社で優秀だった人を引き抜いても、あなたの会社の会議で的確な結論を導けるようになるまでには時間がかかります。その時間を待てるかどうか。多くの場合、待てずに双方が諦めます。

第4回で検証した「やっぱり離職」の39.6%(マイナビ 2025年版調査、2024年実績)。この中にも、横断人材として期待して採用したが文脈の不一致で機能しなかったケースが含まれているはずです。

だからこそ、横断人材は外部から調達するのではなく、自社の中で早期に見極めて、長期で育てるしかない。これが結論です。

エリート育成の設計 — 早期に見極め、長期で育てる

早期選抜の仕組み

横断人材の候補は、入社3年から5年以内に見極めたい。

ただし、評価軸は専門スキルの高さではありません。見るべきは、もっと別のものです。

異なる立場の人に対する好奇心。自分の専門以外の領域にも首を突っ込みたがる姿勢。物事を抽象化して「要するにこういうことですよね」と整理できる力。利害が衝突する場面で、双方の話を聞いて落としどころを見つけられる力。

専門の仕事ぶりだけを見ていると、この候補は見つかりません。「他部署の人と話すのが好きかどうか」「自分の担当範囲を超えて動きたがるかどうか」。こうした行動特性にこそ、横断人材のポテンシャルが表れます。

【経験談挿入ポイント】横断人材候補の見極めの場面

文脈蓄積型ローテーション — 従来のジョブローテーションとは違う

候補者を選抜したら、次は育成です。ここで提案したいのが「文脈蓄積型ローテーション」です。

これは従来のジョブローテーションとは目的が異なります。ジョブローテーションは「いろいろな仕事を経験させて、何でもできる人を育てる」のが目的でした。

文脈蓄積型ローテーションの目的は「各部門の思考様式・制約条件・価値基準を体感させる」ことです。深い専門性の獲得ではなく、「あの部門はこういう論理で動いている」という文脈の理解がゴールになります。

だから期間は短くてよい。各部門6カ月から1年で十分です。

営業部に半年いれば、営業の専門家にはなれません。しかし「なぜ営業はこのタイミングで値引きを判断するのか」「なぜ営業が急ぎの見積もりを出してほしいと言うのか」は理解できるようになる。

この理解が、後に横断的な結論を導くときの土台になります。「営業の気持ちもわかるし、製造の制約もわかる。だからこの落としどころが最善だ」と言えるようになる。

キャリアパスの再定義 — 「管理職」ではなく「横断的判断者」としての専門職ライン

日本企業では「優秀な人は管理職にする」が当たり前です。しかし、横断人材に必要な能力は部下の管理ではありません。組織全体を見渡し、考え抜いて結論を導く力です。

「管理職」とは別に、「横断的判断者」としてのキャリアラインを設計する必要があります。

CDO(最高デジタル責任者)、事業開発責任者、プロジェクト統括、経営企画室長。複数の部門にまたがる役職への接続を明示する。横断人材として認定されれば、明確にキャリアと報酬が上がる道筋がある。

第9回で指摘した「スキルを身につけても報われない」構造の解消にもなります。

横断人材の育成は、経営者自身の「後継者育成」でもある

オーナー経営者が一人でやってきた「横断的な思考・判断」を、組織に実装する

ここで、あなた自身のことを考えてみてください。

叩き上げのオーナー経営者であるあなたは、おそらく自分自身が横断人材です。営業もわかる。現場もわかる。数字もわかる。技術の話も、顧客の話も、資金繰りの話も、全部自分で判断してきた。だからこそ、事業を育ててこられた。

しかし、その能力があなた一人に属人化している限り、組織はあなたの判断速度以上に成長できません。

あなたが全部の会議に出ないと物事が決まらない。あなたの携帯が鳴らない日がない。もしそうなら、それは組織に横断人材がいないサインです。

自分の判断プロセスを言語化することから始める

横断人材の育成は、あなた自身の判断プロセスを言語化することから始まります。

普段、あなたはどのように情報を集めていますか。何を基準に優先順位をつけていますか。意見が対立したとき、何を判断材料にしていますか。関係者をどう巻き込んで動かしていますか。

これらを意識的に言語化し、候補者に伝える。「なぜ自分はあのときああ判断したのか」を、結果だけでなくプロセスとして共有する。

これは事業承継の準備でもあります。横断人材の育成は、次の世代にあなたの経営を託す準備そのものです。

連載の締めくくり — 3つの柱で思考停止を超える

全13回を通じて、ひとつの問いに向き合ってきました。

「日本は果たして本当に労働人口不足なのか?」

答えはこうです。不足しているのは「人」ではなく「スキルの設計」です。

企業が求めるスキルと働き手が持つスキルの乖離は、DX・AIの進展とともに加速しています。この構造的なミスマッチは、報酬を上げても、採用を強化しても、リスキリングを掛け声だけで唱えても解消しません。

この連載で提示した処方箋は、3つの柱で構成されています。

第1の柱は、業務の再構成とスキルポートフォリオ(第12回)。 仕事を分解し、人に求めるスキルを現実的にする。社内で持つスキルと外から調達するスキルを使い分ける。これが仕組みの設計図です。

第2の柱は、横断人材のエリート育成(第13回)。 専門特化が生む縦割りを、組織を横断できる人材が束ねる。その人材は市場から調達できない。自社で早期に見極め、長期で育てる。これが人の設計図です。

第3の柱は、人にしか出せない価値を認める文化(第11回)。 ホスピタリティとパフォーマンスが生む精神的満足は、テクノロジーでは代替できない。この価値を正当に評価し、報い、育てる。これが文化の設計図です。

この3つが揃ったとき、あなたの会社は「人手不足」という思考停止から抜け出せます。

足りないのは人ではありません。足りないのは、仕事と組織の設計を根本から見直す覚悟です。

その覚悟を持つのは、人事部門でも現場のマネージャーでもなく、経営者であるあなた自身です。

13回にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。この連載が、あなたの次の一歩を考えるきっかけになれば幸いです。

この連載が、あなたの次の一歩を考えるきっかけになれば幸いです。


よくある質問

Q. 横断人材とは何ですか?

各専門領域の深い知識ではなく「文脈」を理解し、異なる部門の論理を翻訳・統合して全体最適の結論を導き出せる人材です。「何でもできる器用な人」ではなく、それぞれの専門家が何を大事にし何に制約を感じているかを理解した上で、組織全体を動かせる人を指します。

Q. なぜ横断人材は外部採用では確保しにくいのですか?

横断的な判断力は「自社の事業文脈」に深く依存するためです。どの部門が何を優先し、どの顧客が何を求め、自社の強みと弱みがどこにあるかという文脈は、社外からは持ち込めません。外部から高待遇で採用しても文脈の不一致で成果が出にくく、早期離職のリスクも高くなります。

Q. 横断人材の候補はどうやって見極めますか?

入社3〜5年以内の人材の中から、専門スキルの高さではなく「異なる立場への好奇心」「物事を抽象化して捉える力」「利害が衝突する場面での合意形成力」を評価軸として見極めます。他部署の人と話すのが好き、自分の専門以外にも首を突っ込みたがる、といった行動特性が目印になります。

Q. 文脈蓄積型ローテーションとは何ですか?

横断人材候補に各部門を6ヶ月〜1年ずつ経験させるローテーションです。従来のジョブローテーションとの違いは、目的が「何でもできる人を作ること」ではなく「各部門の思考様式・制約条件・価値基準を体感させること」にある点です。深い専門性の獲得ではなく、部門間の文脈理解がゴールになります。

Q. 横断人材のキャリアパスはどう設計すべきですか?

「管理職」とは別に「横断的判断者」としての専門職キャリアラインを設計します。CDO(最高デジタル責任者)、事業開発責任者、プロジェクト統括など、複数部門にまたがる役職への道筋を明示することで、横断人材として認定された人が明確にキャリアと報酬が上がる仕組みをつくります。


著者プロフィール

町島 和徳(ギャラクティックブレーン合同会社 代表社員)

電気通信大学在学中からコンテンツ制作の現場でキャリアをスタート。エンタメ業界での経営実務を経て、現在はコンサルタント兼フルスタックエンジニアとして活躍。経営・マーケティング・技術の複眼的視点と、部門や階層を超えたファシリテーション力を強みに、スタートアップから大手企業まで幅広いDX支援を手がける。生成AI・RPAの実務活用を精力的に展開。成功・失敗双方の実践知を惜しまず発信する現場主義のプロフェッショナル。