第4回:保護を語る国家、集める国家② ── 常時監視されている街

前回はデジタル空間における国家の集約を見ました。けれど、監視の射程はそこに留まりません。物理空間も同じように記録され続けています。むしろこちらは、「同意」すら求められないのが特徴です。

街を歩く、車で移動する、駅を使う、コンビニに寄る。いずれの瞬間にも、複数のカメラがあなたを記録しています。その事実を、私たちは日常のなかでほぼ忘れて暮らしています。

ナンバーは追跡されている

自動車ナンバー自動読取装置——通称Nシステム——をご存じでしょうか。1987年、東京都江戸川区の国道14号に第1号機が設置されました。当時のニーズは「手配車両の自動検問」。それが約40年を経て、全国に張り巡らされています。

警察庁が国会で公にしたのは、2015年5月時点の数字です。設置台数は警察庁仕様で1,511台、都道府県仕様の簡易型を含めて1,690台。その後の正確な総数は公表されていませんが、2018年以降は移設可能な「可搬式Nシステム」が登場し、機動的な配備が進んでいます。

このシステムは、通過する全車両のナンバープレートを自動で読み取り、手配車両のデータベースと照合します。記録されるのはナンバーだけではありません。通過時刻、走行速度、車種、色、運転席と助手席の人物の顔まで、機種によっては取得しています。

運転中に「自分が今、警察のシステムに記録された」と意識するドライバーは、ほとんどいないでしょう。けれど、あなたの移動の記録は、すでに国家インフラのなかに堆積しています。1999年には、新潟県警の現職警察官の動向をNシステムで追っていた事案も明らかになっています。技術的には何にでも使えるシステムが、運用上の制限だけで濫用を防いでいる構図です。

街頭の「目」、500万台

防犯カメラの普及は、もっと圧倒的です。日本国内の総数は推計で約500万台。人口1,000人あたり39.5台に達します。

警察庁の統計によれば、2022年に摘発された刑法犯のうち18.9%で、防犯カメラなどの映像が容疑者の特定につながりました。6年前の約3倍です。「リレー方式」と呼ばれる、複数のカメラ映像をつなぎ合わせて被疑者を追跡する捜査手法は、いまや基本動作になっています。

この数字は、犯罪抑止と事件解決への貢献として、正直に評価する必要があります。防犯カメラがなければ解決しなかった事件は、数多くあるでしょう。

ただし、その一方で——日本のあらゆる繁華街、駅前、住宅街、公園、コンビニで、撮影されない時間帯はもうほぼないという事実も、同じくらい正直に直視する必要があります。

顔認証は2020年から全国運用

カメラの数だけが論点ではありません。集めた映像を「誰の顔か」と特定する技術——顔認証——が、すでに全国の警察で運用されています。

これが報じられたのは2020年9月、共同通信のスクープでした。警察庁は同年3月から、犯行現場の防犯カメラ画像やSNS上の顔画像を、警察当局が持つ顔画像データベースと照合する「顔認証システム」の本格運用を始めていた。発表ではなく、報道によって私たちが知った話です。

運用は国家公安委員会規則で規定されているとされます。けれど、裁判所の令状を要する仕組みではありません。捜査側の判断で、不特定多数が写る映像から個人を特定できる。日本弁護士連合会は2016年の段階で、顔認証システムには裁判所の関与が不可欠だとする意見書を公表しています。それから約10年、状況は本質的に変わっていません。

参考になるのは海外の動きです。米国ではポートランド、サンフランシスコ、ボストンなど複数の都市が、公的機関の顔認証利用を制限・禁止する条例を設けてきました。理由はプライバシー侵害、人種差別の助長、そして透明性の欠如です。Amazon、マイクロソフト、IBMは2020年に、法執行機関への顔認証技術の提供を停止しました。

日本では、こうした議論はほとんど起きないまま、運用が先行しています。

民間設備が公的捜査の素材になる

もうひとつ重要なのは、警察が照合に使う映像の出どころです。共同通信の報道では、民間の防犯カメラやSNS上の画像も照合対象に含まれていることが明らかになりました。

つまり、商店街のカメラ、コンビニのカメラ、あなたが何気なくインスタグラムに投稿した写真。これらが、犯罪捜査の際に顔データベースとの照合素材として使われる可能性がある。提供する側の店舗オーナーや投稿者は、そのことを十分に認識しているでしょうか。

民間の協力で運営される仕組みが、結果として公的な監視網を構成している。これは個人情報保護法が想定していた古典的な構図とは別の問題を生んでいます。

「拒否する自由」が消えていく

論点を整理します。Nシステム、防犯カメラ網、顔認証システム。これらは犯罪抑止という建前を持っており、その効果も否定できません。問題は配備そのものではなく、運用の統制が市民の側からほとんど見えないことにあります。

「どこまで撮影し」「誰がアクセスし」「いつまで保管し」「どんな目的で照合するのか」。これらの問いに、私たち市民は十分な回答を持っていません。情報公開請求をしても、捜査上の支障を理由に多くは黒塗りで返ってきます。

そして決定的なのは、「監視されたくないからその街を歩かない」という選択肢が、もはや成立しないことです。あらゆる繁華街、駅前、商店街、住宅街にカメラがある状況で、「拒否」とは引きこもることに等しい。

「移動の自由」と「常時記録」は、本来は両立がむずかしい概念のはずです。けれど私たちはすでに、記録される街を歩くことを当然として受け入れています。同意した覚えはないけれど、拒否する手段もない。透明性、令状要件、保管期限、目的外利用の禁止、独立した監督機関——本来は議論されるべき制度設計が、ほとんど議論されないまま運用だけが先行している現状に、ひと呼吸おく必要があるのではないでしょうか。

第3回・第4回を通じて見てきたのは、国家がデジタル空間と物理空間の両面で集約を進めているという事実でした。次回は、ここに新たな越境者が現れた話に進みます。AIは、この既存の枠組みすら飛び越えはじめています。


引用元


著者プロフィール

町島 和徳(ギャラクティックブレーン合同会社 代表社員)

電気通信大学在学中からコンテンツ制作の現場でキャリアをスタート。エンタメ業界での経営実務を経て、現在はコンサルタント兼フルスタックエンジニアとして活躍。経営・マーケティング・技術の複眼的視点と、部門や階層を超えたファシリテーション力を強みに、スタートアップから大手企業まで幅広いDX支援を手がける。生成AI・RPAの実務活用を精力的に展開。成功・失敗双方の実践知を惜しまず発信する現場主義のプロフェッショナル。