第1回:「人手不足」の大合唱を疑う

「人手不足」は本当に起きているのか

有効求人倍率1.19倍の正体

「日本は人手不足だ」という話を、ニュースや業界紙で目にしない日はありません。根拠としてよく引用されるのが、有効求人倍率(求職者1人に対して何件の求人があるかを示す指標)です。

2026年2月時点で、この数字は1.19倍。つまり求職者1人に対して求人が1.19件ある状態で、たしかに「やや人手不足」に見えます。

しかし、この数字だけを見て「人が足りない」と結論づけるのは早計です。1.19倍という数字の中身を職種別に分解してみると、まったく違う景色が見えてきます。

一般事務0.34倍 vs 建築技術者6.71倍 — 同じ国の話とは思えない落差

厚生労働省が公表している職種別の有効求人倍率を見てみましょう。

一般事務の倍率は0.34倍。求職者3人に対して求人が1件しかない状態です。会計事務でも0.56倍。事務従事者全体で見ても0.42倍にとどまっています。つまり、事務系の仕事に関しては人が「余っている」。

一方、建築・土木・測量技術者の倍率は6.71倍。求職者1人に対して求人が6件以上ある計算です。

同じ日本の、同じ年のデータで、約20倍の格差がある。これが有効求人倍率1.19倍の中身です。

あなたの会社で一般事務を1人募集すれば、統計的には3人近い応募が見込めます。しかし施工管理を1人募集しても、0.15人分の応募しか来ない計算になる。

「人手不足」という言葉は、この落差をすべて覆い隠してしまいます。

「平均値」に騙されてはいけない

あなたの会社の「人手不足」は、どの職種で起きているか

ここであなたの会社のことを考えてみてください。

「うちは人が足りない」と社内で話すとき、その「人」は具体的にどの職種を指しているでしょうか。営業なのか、技術者なのか、管理部門なのか。全社一括で「人が足りない」と言ってしまうと、打ち手も一括りになってしまいます。

売上100億円を超える規模の会社であれば、社内にはさまざまな職種が存在するはずです。その中には、募集すれば人が来る職種と、いくら募集しても来ない職種が混在しているのではないでしょうか。

この「混在」を見えなくしてしまうのが、「人手不足」というざっくりした言葉の怖さです。

求人を出しても来ない職種、出せば来る職種

もう少しデータを見てみましょう。

介護サービス職の有効求人倍率は3.59倍。サービス職全体でも平均2.68倍と高い水準にあります。IT系の専門職も同様に高倍率が続いています。

一方で、事務従事者は先ほどの通り0.42倍。求人を出せば、応募者は比較的集まりやすい状況です。

ここから浮かび上がるのは、「職種によって、採用の難易度はまったく違う」というシンプルな事実。そして、難易度が高い職種には共通点があります。

それは「専門的なスキルや経験が求められるポジション」だということです。

「人が足りない」のではなく「欲しい人が足りない」

未経験歓迎求人80%の逆説

ここで、ひとつ興味深いデータを紹介します。

大手転職サイト「エン転職」に掲載された求人のうち、「未経験者歓迎」の割合は2020年時点で55%でした。それが2023年には約80%にまで急増しています。

この数字をどう読むか。「企業が多様な人材を受け入れるようになった」と好意的に捉えることもできるでしょう。

しかし実態は少し違います。

即戦力として活躍できる経験者の採用競争があまりにも激しい。求めるスキルを持つ人材が、そもそも市場にほとんどいない。だから仕方なく「未経験でもいいから来てほしい」と間口を広げている——。これが多くの企業の本音ではないでしょうか。

つまり、未経験歓迎求人の増加は「企業が寛容になった」のではなく、「欲しい人が見つからないことへの諦め」の表れなのです。

本当の問いは「何人足りないか」ではなく「何が足りないか」

ここまでのデータを整理してみましょう。

有効求人倍率の全体平均は1.19倍。しかし職種別に見ると、0.34倍から6.71倍まで約20倍の開きがある。未経験歓迎の求人は80%にまで増えたが、これは即戦力人材の枯渇の裏返し。

つまり、「人の数」が足りないのではなく、「企業が欲しいスキルを持った人」が足りない。

この違いは、打ち手に直結します。

「人の数が足りない」と捉えれば、打ち手は「もっと求人広告を出す」「もっと給料を上げる」「もっと採用チャネルを広げる」になります。

しかし「欲しいスキルを持った人が足りない」と捉えれば、打ち手はまったく変わってきます。求人の出し方ではなく、「自社が求めるスキルの定義」や「仕事の設計そのもの」を見直す必要が出てくる。

あなたの会社は、どちらの問題を抱えていますか?

この連載で、一緒に考えていきたいこと

「人手不足」という言葉は便利です。採用がうまくいかない理由を、外部環境のせいにできる。「少子高齢化だから仕方ない」「うちの業界は不人気だから」と言えば、誰もそれ以上追及しません。

しかし、そこで思考を止めてしまうと、打ち手はいつまでも「もっとお金をかけて、もっと多く募集する」の繰り返しになります。

本当の問題がそこにないとしたら、その投資は的外れかもしれません。

この連載では、「人手不足」という便利な言葉の裏に隠れた構造を、データと事実で解き明かしていきます。次回は、この連載全体の仮説をお伝えします。

先に少しだけ予告すると、キーワードは「スキルミスマッチ」。足りないのは「人」ではなく「スキル」だという視点から、あなたの会社の採用と組織の課題を、根本から見つめ直していきます。

次回もぜひ、お付き合いください。

この連載が、あなたの会社の「人手不足」の正体を見極めるきっかけになれば幸いです。

よくある質問

Q. 日本の人手不足は本当に起きているのですか?

全体の有効求人倍率は1.19倍と緩やかな人手不足に見えますが、職種別に見ると一般事務0.34倍(人余り)対 建築技術者6.71倍(深刻な不足)と、約20倍の格差があります。「人手不足」は職種によってまったく異なる状況です。

Q. 有効求人倍率の職種別格差はどれくらいありますか?

最新データでは、一般事務が0.34倍、会計事務が0.56倍と事務系は軒並み低い一方、建築・土木・測量技術者は6.71倍です。介護サービスは3.59倍、事務従事者全体では0.42倍となっており、職種によって人材の需給バランスが大きく異なります。

Q. 有効求人倍率の平均値だけを見ると何が問題ですか?

平均値は職種間の極端な格差を覆い隠してしまいます。全体で1.19倍という数字は「やや人手不足」に見えますが、実際には人が余っている職種と深刻に足りない職種が同時に存在しています。平均値だけで採用戦略を立てると、的外れな投資になるリスクがあります。

Q. 「人手不足」と「スキルミスマッチ」は何が違いますか?

人手不足は「働き手の数が足りない」状態、スキルミスマッチは「企業が求めるスキルと働き手が持つスキルがズレている」状態です。日本の労働市場では、数の不足よりもスキルのズレが深刻であり、対策もまったく異なります。