表面的なベロシティの裏で起きていること
AI駆動開発を導入したチームの経営報告を眺めると、数字の上では良いことが並びます。開発スピードが上がった、コストが下がった、新機能のリリース頻度が増えた。ところが、現場の実感はどこかズレている。
劣化は派手な事故として現れません。困るのは、静かに、じわじわと、再現性が失われていく現象のほう。気づいたときには、取り戻すのに時間がかかる状態になっている——この「見えにくさ」こそが、AI時代の品質劣化の本質です。
パターン1:仕様が曖昧なまま動いてしまうコード
「これ、仕様どおりに動いていますか?」と聞くと「動いています」と返ってくる。続けて「仕様って、どこに書いてありますか?」と聞くと、空気が少し変わる——これが最近よく見る光景です。
プロンプトに書いた内容が実質的な仕様になっている。コードは動いているが、仕様は書いた人の頭の中にしかない。半年後「ここの動き、こうじゃないと困るんですけど」と言われて、初めて仕様が曖昧だったことが露呈します。
パターン2:ライブラリ選定が場当たり的になる
ここで言う「ライブラリ」とは、他の人が作った便利な道具セットのこと。ビジネスで例えるなら、契約書や稟議書のテンプレートに近いイメージです。使うテンプレートがバラバラだと、組織全体の文書が統一感を失うのと同じことが、コードの世界でも起きます。
AIはそのつど最適っぽいものを提案するだけ。統一する意思は人間の側が持つべきもの。「任せている」感覚でAIを使うと、道具選びが属人的どころか「都度的」になり、コードベース全体の筋が通らなくなります。
パターン3:テストの「形骸化」が加速する
AIに書かせたコードにAIがテストも書くフロー。効率的に見えますが、生成されたコードに対して生成されたテストは「通るように」書かれがちです。
テストの独立性が崩れ、コードの振る舞いを外から監視するはずのテストが、コードと同じ出自の目で書かれている——これは検証というより自己正当化に近い状態。カバレッジは上がり、見かけのテスト本数も増えます。でも「このテストが何を保証しているんですか?」と聞くと、答えが出てこない。
パターン4:ドキュメントとコードの乖離
AI駆動開発では、コードの生成速度が上がります。その結果、ドキュメントの更新が追いつかなくなる。1週間前に書いたドキュメントがもう古い。2週間前の設計図と今のコードが合っていない。
AIはコードを書いてくれますが、ドキュメントを維持する「意志」を持たせる仕組みが組織に整っていないのです。結果、新しく入ったメンバーが参照できる資料がなくなり、暗黙知が増え、属人化が進みます。
パターン5:障害対応の再現性が落ちる
障害が起きて調査を頼むと時間がかかる。AIに聞いても同じ質問への答えが毎回少しずつ違う。できあがったシステムの中で何が起きているかを、誰も全貌で把握していない——これがAI時代特有の「再現性の喪失」です。
障害が起きてから復旧するまでの時間(業界ではMTTR=平均復旧時間と呼びます)が延びる。再現性が確保できないから、「もう一度同じ問題が起きないように」の学びも蓄積しない。経営に最も痛く効く症状です。
5つのパターンと品質四象限の対応関係
バラバラに見える5つのパターンは、共通の根を持ちます。第1話で提示した「品質四象限」に戻って対応関係を整理すると:
- パターン1(仕様曖昧) → 象限①要件定義の弱さ
- パターン2(ライブラリ場当たり) → 象限③プロンプト+象限④工程設計
- パターン3(テスト形骸化) → 象限②テスト駆動+象限③プロンプト
- パターン4(ドキュメント乖離) → 象限①要件定義+象限④工程設計
- パターン5(再現性喪失) → 象限④工程設計の全体
裏を返せば、四象限を意識的に設計し直せば、これらの症状は確実に改善していきます。
まとめ — 5つのパターンで自己診断する
記事を閉じる前に、5つのパターンを使った簡単な自己診断を試してみてください。
- 「強く心当たりがある」が 1つ → 初期段階。今のうちに手を打てば軽く済みます
- 「強く心当たりがある」が 2〜3つ → じわじわ劣化が進んでいるサイン
- 「強く心当たりがある」が 4つ以上 → 品質四象限の再設計が急務かもしれません
どの段階にあっても、ここから処方箋を一緒に見ていきます。次回以降、4つの象限をひとつずつ掘り下げます。
著者プロフィール
町島 和徳(ギャラクティックブレーン合同会社 代表社員)
電気通信大学在学中からコンテンツ制作の現場でキャリアをスタート。エンタメ業界での経営実務を経て、現在はコンサルタント兼フルスタックエンジニアとして活躍。経営・マーケティング・技術の複眼的視点と、部門や階層を超えたファシリテーション力を強みに、スタートアップから大手企業まで幅広いDX支援を手がける。生成AI・RPAの実務活用を精力的に展開。成功・失敗双方の実践知を惜しまず発信する現場主義のプロフェッショナル。