第3回:「雰囲気プロンプト」が生む見えないコスト — 要件定義の解像度という発想

AIは指示どおりに動くから、怖い

意外に思われるかもしれませんが、AIは指示どおりに動きます。問題は「あなたが書いた指示」と「あなたが本当に求めているもの」のあいだにズレがあったときに起きます。

人間の同僚なら「これ、こういう意図ですよね?」と聞き返してくれる。でもAIは基本的に聞き返しません。曖昧な部分はAI自身が自分なりに解釈して、勝手に埋めていきます。こうして「あなたが頼んでいないコード」が、さも頼まれたかのように生成されるのです。

「雰囲気プロンプト」の3つの症状

私が支援現場でよく見かけるのが、「雰囲気プロンプト」と呼びたくなる要件の書き方です。

  • 症状1:意図だけ書いて、細部を省略する——「ユーザー登録機能を作って」とだけ書き、入力チェックやエラー処理を省略する
  • 症状2:例示だけで済ませて、境界条件を書かない——スクリーンショットだけ貼って、画面外で起きることを書かない
  • 症状3:「いい感じに」「よろしく」で括ってしまう——人間同士なら文脈が補うが、AIはこの「いい感じ」を想像で埋める

曖昧さが生むコストは、なぜ経営から見えないのか

曖昧さが生むコストが深刻なのは、経営から見えにくいからです。コードは動いている、テストも通っている、リリースもされた——ここまではポジティブに見えます。

実際のケーススタディを見ると、曖昧な要件定義によって手戻り工数が40%増開発期間が25%延長するプロジェクトも珍しくありません。月1000万円の開発費なら、それだけで250万円の超過コストです。さらに市場投入の遅れによる機会損失を考慮すれば、影響額は数千万円規模に膨らむことも。

しかし「仕様の解釈違いで、追加改修が必要になりました」「本番で想定外の挙動が出ました」「保守性が低いのでリファクタリングを」という報告が上がってきたとき、これらはすべて最初の要件定義の曖昧さから派生した一連のコストですが、経営報告では別々の項目として計上されます。

原因と結果が切り離され、経営が「なぜ手戻りが多いのか」と問うても、現場は「個別対応」としか説明できない。曖昧さが生むコストは、見えないまま積み上がっていきます。

要件定義の「解像度」という考え方

私がよく使う言葉が、「要件定義の解像度」です。写真にたとえると分かりやすい。同じ被写体を撮っても、ピントが合った写真とぼやけた写真では、見えるものがまるで違います。

解像度の高い要件定義には、意図に加えて以下のものが含まれます。

  • 期待する振る舞い(正常系)
  • 期待しない振る舞い(エッジケース)
  • やらないこと(スコープ外)
  • テスト可能な受け入れ条件

ポイントは、「何を作るか」だけでなく、「何を作らないか」まで書くこと。AIは書かれていない領域を自分で解釈して埋める性質があるため、「作らない」と明示しない限り、作られてしまう可能性があるのです。

すぐに実践できるアプローチとして、Given-When-Then形式(BDDの考え方)で要件を記述してみてください。「特定の状況で(Given)、何かが起きたとき(When)、期待する結果(Then)」という形で書くだけでも、曖昧さは大幅に削減されます。

解像度が低いまま走ると何が起きるか

解像度の低い要件定義でプロジェクトを走らせると、品質は段階的に劣化していきます。

  • 初期:リリース直後は動くが、想定外の使い方で崩れる。問い合わせが増え始める
  • 中期:「これってこういう仕様でしたっけ?」という会話が増え、解釈がじわじわぶれる
  • 後期:プロジェクトから数ヶ月・1年経つと誰も元の意図を覚えておらず、塩漬け状態になる

AI駆動開発ではこのサイクルが従来より速く回ります。速く作れるぶん、速く劣化もする——短期的には効率よく見えて、中長期では予想以上のコスト増として跳ね返ってきます。

まとめ — 5分でできる要件定義の点検実験

記事を閉じたあと、5分でできる小さな実験を提案します。

あなたの会社の要件定義書を1本、手元に開いてみてください。目で追いながらこう問うてみる——「この要件定義書をAIに渡したら、AIはどれくらいの確信を持ってコードを書けるだろうか」。

書いた人の頭の中でしか完結していない部分が、きっと見つかるはずです。その「書かれていない部分」こそが、AIに勝手に埋められてしまう空白にほかなりません。次回はこの空白を埋める具体的な方法論に入ります。


著者プロフィール

町島 和徳(ギャラクティックブレーン合同会社 代表社員)

電気通信大学在学中からコンテンツ制作の現場でキャリアをスタート。エンタメ業界での経営実務を経て、現在はコンサルタント兼フルスタックエンジニアとして活躍。経営・マーケティング・技術の複眼的視点と、部門や階層を超えたファシリテーション力を強みに、スタートアップから大手企業まで幅広いDX支援を手がける。生成AI・RPAの実務活用を精力的に展開。成功・失敗双方の実践知を惜しまず発信する現場主義のプロフェッショナル。